追い出される
子供の頃、赤ちゃん(従妹)の頭を触ろうとして祖母に激怒&追い出された→出産後、助産師から『赤ちゃんに触ってあげて』と言われたので腕や肩を触っていたら、助産師が衝撃の行動に!
434 :ぽめぷー速報 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2014/08/01(金) 08:26:30 ID:???
私が7歳か8歳の時、従妹が生まれた。
母はその吉報を受け、私を連れてすぐに病院に向かった。
病室につくと既に祖母がおり、生まれたばかりの子を眺めてニコニコしていた。
挨拶を済ませると祖母が私に「赤ちゃんに触ってごらん」と言った。
赤ちゃんに接するのは初めてでどうしていいか分からず拒否したが
「いいから触ってごらん」と手を引かれ、母にも「いい機会だから」と勧められた。
「どこを触ったらいいの」と尋ねると「好きなところでいいんだよ」と言われたので、頭を撫でようと恐る恐るそろ~っと手を伸ばした。
……が、私の手が赤ちゃんの頭に触れるか触れないかのあたりで祖母が「馬鹿っ!!!」と私を怒鳴りつけた。
なぜ怒鳴られたのかわからずに固まっていると「赤ちゃんはねえ、頭触られると痛いんだよ!もう、出て行きな!!」と祖母に追い出されてしまった。
母も叔母も何も言わず、私は皆が出てくるまで涙目で廊下をウロウロ歩いていた。
そして月日は経って自分自身も子供を産んだ。
帝王切開だったのですぐに抱くことはできなかったが、助産師さんが腕に付いてた留め具を外して「触ってあげて下さい」と時間を作ってくれた。
祖母の言葉がずっと残っていて、頭はだめだ……と赤ちゃんの腕や肩ばかりに触れていたら、助産師さんが私の手を取って赤ちゃんの頭にぽんと乗せ、なでさせた。
麻酔がやや効きすぎてぼーっとしていたけど、頭の中は「あれ、頭ダメなんじゃ……?」とハテナがぐるぐるしてた。
数日後の沐浴指導で「頭もゴシゴシ拭ってあげて大丈夫ですよ」と言われ、赤ちゃんの頭は触っても大丈夫と知り、十数年越しの衝撃を受けた気がした。
母はその吉報を受け、私を連れてすぐに病院に向かった。
病室につくと既に祖母がおり、生まれたばかりの子を眺めてニコニコしていた。
挨拶を済ませると祖母が私に「赤ちゃんに触ってごらん」と言った。
赤ちゃんに接するのは初めてでどうしていいか分からず拒否したが
「いいから触ってごらん」と手を引かれ、母にも「いい機会だから」と勧められた。
「どこを触ったらいいの」と尋ねると「好きなところでいいんだよ」と言われたので、頭を撫でようと恐る恐るそろ~っと手を伸ばした。
……が、私の手が赤ちゃんの頭に触れるか触れないかのあたりで祖母が「馬鹿っ!!!」と私を怒鳴りつけた。
なぜ怒鳴られたのかわからずに固まっていると「赤ちゃんはねえ、頭触られると痛いんだよ!もう、出て行きな!!」と祖母に追い出されてしまった。
母も叔母も何も言わず、私は皆が出てくるまで涙目で廊下をウロウロ歩いていた。
そして月日は経って自分自身も子供を産んだ。
帝王切開だったのですぐに抱くことはできなかったが、助産師さんが腕に付いてた留め具を外して「触ってあげて下さい」と時間を作ってくれた。
祖母の言葉がずっと残っていて、頭はだめだ……と赤ちゃんの腕や肩ばかりに触れていたら、助産師さんが私の手を取って赤ちゃんの頭にぽんと乗せ、なでさせた。
麻酔がやや効きすぎてぼーっとしていたけど、頭の中は「あれ、頭ダメなんじゃ……?」とハテナがぐるぐるしてた。
数日後の沐浴指導で「頭もゴシゴシ拭ってあげて大丈夫ですよ」と言われ、赤ちゃんの頭は触っても大丈夫と知り、十数年越しの衝撃を受けた気がした。
娘の誕生日の翌朝、俺が買ったケーキとプレゼントが捨てられてた。俺の誕生日、義父の退職祝いを俺抜きでやってた→悲しさに耐えきれず、自分のために生きようと決めた結果
271 :ぽめぷー速報 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2014/02/16(日) 00:19:53 0
22で結婚してすぐに娘ができた
27になった時に義母の調子が悪くなり、同居することになった
仕事も順調に娘も優しい子に育ってくれた
だんだん義父が夫婦や娘の事に口を出すようになったので
その頃から義父と言い争う様になって険悪になった時に
ある日娘の誕生日について大喧嘩になった
娘の誕生日は平日だったので、俺が早めに帰って一緒にやることにしていたのに
義父は、昼下がりから俺以外で外食してお祝いして、大きなケーキを食べていた
何も知らない俺は、誕生日ケーキを買って帰ったが
娘から「おじいちゃんからもっとおいしいケーキ貰ったよ、
みんな祝ってくれたのになぜパパは私より仕事が大事なんだよね
こんなケーキ要らない、こんなパパはいらない」
朝起きたら、包装されたままのケーキとプレゼントがごみ箱に捨てられていた
出勤途中も涙が止まらなかった
義父に何度も夫婦のやり方に干渉してほしくない、それができないなら別居すると話していた
次の日、義父から妻が署名した離婚届を押し付けられて、「やっと娘の目が覚めた、お前は早く出ていけ」
妻に話をすると父は言いだすと言う事を聞かないから無視しとけばいいと
俺の気持ちに無頓着過ぎて醒めて行ったし、娘は俺の事を役に立たない、いなくてもいいと言い出すし
悲しすぎて仕事に自分の存在意義を求めるようになった
新子会社の役員に抜擢する話があって、受けると出世するが転勤が必至で
今のままでは転勤するわけもいかずと悩んでいた
俺の誕生日の朝、妻が料理作って待っているから、
早く帰ってきてと言われて帰ってみると、家は真っ暗で
わざとその日に2ヶ月後の義父の退職祝いを俺抜きでやっていたらしい
妻に文句言うと、父もあと20年くらいしか生きないのだから、それまで我慢しろってさ
娘の成長も祝えない、自分の事も祝ってくれないのに悲しくなった
毎朝、俺の食事だけが俺の書斎に用意されて、晩飯も書斎に置かれていた
27になった時に義母の調子が悪くなり、同居することになった
仕事も順調に娘も優しい子に育ってくれた
だんだん義父が夫婦や娘の事に口を出すようになったので
その頃から義父と言い争う様になって険悪になった時に
ある日娘の誕生日について大喧嘩になった
娘の誕生日は平日だったので、俺が早めに帰って一緒にやることにしていたのに
義父は、昼下がりから俺以外で外食してお祝いして、大きなケーキを食べていた
何も知らない俺は、誕生日ケーキを買って帰ったが
娘から「おじいちゃんからもっとおいしいケーキ貰ったよ、
みんな祝ってくれたのになぜパパは私より仕事が大事なんだよね
こんなケーキ要らない、こんなパパはいらない」
朝起きたら、包装されたままのケーキとプレゼントがごみ箱に捨てられていた
出勤途中も涙が止まらなかった
義父に何度も夫婦のやり方に干渉してほしくない、それができないなら別居すると話していた
次の日、義父から妻が署名した離婚届を押し付けられて、「やっと娘の目が覚めた、お前は早く出ていけ」
妻に話をすると父は言いだすと言う事を聞かないから無視しとけばいいと
俺の気持ちに無頓着過ぎて醒めて行ったし、娘は俺の事を役に立たない、いなくてもいいと言い出すし
悲しすぎて仕事に自分の存在意義を求めるようになった
新子会社の役員に抜擢する話があって、受けると出世するが転勤が必至で
今のままでは転勤するわけもいかずと悩んでいた
俺の誕生日の朝、妻が料理作って待っているから、
早く帰ってきてと言われて帰ってみると、家は真っ暗で
わざとその日に2ヶ月後の義父の退職祝いを俺抜きでやっていたらしい
妻に文句言うと、父もあと20年くらいしか生きないのだから、それまで我慢しろってさ
娘の成長も祝えない、自分の事も祝ってくれないのに悲しくなった
毎朝、俺の食事だけが俺の書斎に用意されて、晩飯も書斎に置かれていた
妹が4月に正社員入社した市立保育園を7月末で退社。仕事量が多くて残業続き、酷いときは深夜まで終わらないことも。退職を決めた後は毎日嫌味を言われ、そして退職当日はなんと!
同居トメ「今年はコトメちゃんが年末年始のお勝手、ぜーんぶ仕切ってくれるから!」と『コトメちゃん、やればデキる!』宣言←未だに●●すらしてきませんけど?
子供の頃、赤ちゃん(従妹)の頭を触ろうとして祖母に激怒&追い出された→出産後、助産師から『赤ちゃんに触ってあげて』と言われたので腕や肩を触っていたら、助産師が衝撃の行動に!
434 :ぽめぷー速報 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2014/08/01(金) 08:26:30 ID:???
私が7歳か8歳の時、従妹が生まれた。
母はその吉報を受け、私を連れてすぐに病院に向かった。
病室につくと既に祖母がおり、生まれたばかりの子を眺めてニコニコしていた。
挨拶を済ませると祖母が私に「赤ちゃんに触ってごらん」と言った。
赤ちゃんに接するのは初めてでどうしていいか分からず拒否したが
「いいから触ってごらん」と手を引かれ、母にも「いい機会だから」と勧められた。
「どこを触ったらいいの」と尋ねると「好きなところでいいんだよ」と言われたので、頭を撫でようと恐る恐るそろ~っと手を伸ばした。
……が、私の手が赤ちゃんの頭に触れるか触れないかのあたりで祖母が「馬鹿っ!!!」と私を怒鳴りつけた。
なぜ怒鳴られたのかわからずに固まっていると「赤ちゃんはねえ、頭触られると痛いんだよ!もう、出て行きな!!」と祖母に追い出されてしまった。
母も叔母も何も言わず、私は皆が出てくるまで涙目で廊下をウロウロ歩いていた。
そして月日は経って自分自身も子供を産んだ。
帝王切開だったのですぐに抱くことはできなかったが、助産師さんが腕に付いてた留め具を外して「触ってあげて下さい」と時間を作ってくれた。
祖母の言葉がずっと残っていて、頭はだめだ……と赤ちゃんの腕や肩ばかりに触れていたら、助産師さんが私の手を取って赤ちゃんの頭にぽんと乗せ、なでさせた。
麻酔がやや効きすぎてぼーっとしていたけど、頭の中は「あれ、頭ダメなんじゃ……?」とハテナがぐるぐるしてた。
数日後の沐浴指導で「頭もゴシゴシ拭ってあげて大丈夫ですよ」と言われ、赤ちゃんの頭は触っても大丈夫と知り、十数年越しの衝撃を受けた気がした。
母はその吉報を受け、私を連れてすぐに病院に向かった。
病室につくと既に祖母がおり、生まれたばかりの子を眺めてニコニコしていた。
挨拶を済ませると祖母が私に「赤ちゃんに触ってごらん」と言った。
赤ちゃんに接するのは初めてでどうしていいか分からず拒否したが
「いいから触ってごらん」と手を引かれ、母にも「いい機会だから」と勧められた。
「どこを触ったらいいの」と尋ねると「好きなところでいいんだよ」と言われたので、頭を撫でようと恐る恐るそろ~っと手を伸ばした。
……が、私の手が赤ちゃんの頭に触れるか触れないかのあたりで祖母が「馬鹿っ!!!」と私を怒鳴りつけた。
なぜ怒鳴られたのかわからずに固まっていると「赤ちゃんはねえ、頭触られると痛いんだよ!もう、出て行きな!!」と祖母に追い出されてしまった。
母も叔母も何も言わず、私は皆が出てくるまで涙目で廊下をウロウロ歩いていた。
そして月日は経って自分自身も子供を産んだ。
帝王切開だったのですぐに抱くことはできなかったが、助産師さんが腕に付いてた留め具を外して「触ってあげて下さい」と時間を作ってくれた。
祖母の言葉がずっと残っていて、頭はだめだ……と赤ちゃんの腕や肩ばかりに触れていたら、助産師さんが私の手を取って赤ちゃんの頭にぽんと乗せ、なでさせた。
麻酔がやや効きすぎてぼーっとしていたけど、頭の中は「あれ、頭ダメなんじゃ……?」とハテナがぐるぐるしてた。
数日後の沐浴指導で「頭もゴシゴシ拭ってあげて大丈夫ですよ」と言われ、赤ちゃんの頭は触っても大丈夫と知り、十数年越しの衝撃を受けた気がした。
娘の誕生日の翌朝、俺が買ったケーキとプレゼントが捨てられてた。俺の誕生日、義父の退職祝いを俺抜きでやってた→悲しさに耐えきれず、自分のために生きようと決めた結果
271 :ぽめぷー速報 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2014/02/16(日) 00:19:53 0
22で結婚してすぐに娘ができた
27になった時に義母の調子が悪くなり、同居することになった
仕事も順調に娘も優しい子に育ってくれた
だんだん義父が夫婦や娘の事に口を出すようになったので
その頃から義父と言い争う様になって険悪になった時に
ある日娘の誕生日について大喧嘩になった
娘の誕生日は平日だったので、俺が早めに帰って一緒にやることにしていたのに
義父は、昼下がりから俺以外で外食してお祝いして、大きなケーキを食べていた
何も知らない俺は、誕生日ケーキを買って帰ったが
娘から「おじいちゃんからもっとおいしいケーキ貰ったよ、
みんな祝ってくれたのになぜパパは私より仕事が大事なんだよね
こんなケーキ要らない、こんなパパはいらない」
朝起きたら、包装されたままのケーキとプレゼントがごみ箱に捨てられていた
出勤途中も涙が止まらなかった
義父に何度も夫婦のやり方に干渉してほしくない、それができないなら別居すると話していた
次の日、義父から妻が署名した離婚届を押し付けられて、「やっと娘の目が覚めた、お前は早く出ていけ」
妻に話をすると父は言いだすと言う事を聞かないから無視しとけばいいと
俺の気持ちに無頓着過ぎて醒めて行ったし、娘は俺の事を役に立たない、いなくてもいいと言い出すし
悲しすぎて仕事に自分の存在意義を求めるようになった
新子会社の役員に抜擢する話があって、受けると出世するが転勤が必至で
今のままでは転勤するわけもいかずと悩んでいた
俺の誕生日の朝、妻が料理作って待っているから、
早く帰ってきてと言われて帰ってみると、家は真っ暗で
わざとその日に2ヶ月後の義父の退職祝いを俺抜きでやっていたらしい
妻に文句言うと、父もあと20年くらいしか生きないのだから、それまで我慢しろってさ
娘の成長も祝えない、自分の事も祝ってくれないのに悲しくなった
毎朝、俺の食事だけが俺の書斎に用意されて、晩飯も書斎に置かれていた
27になった時に義母の調子が悪くなり、同居することになった
仕事も順調に娘も優しい子に育ってくれた
だんだん義父が夫婦や娘の事に口を出すようになったので
その頃から義父と言い争う様になって険悪になった時に
ある日娘の誕生日について大喧嘩になった
娘の誕生日は平日だったので、俺が早めに帰って一緒にやることにしていたのに
義父は、昼下がりから俺以外で外食してお祝いして、大きなケーキを食べていた
何も知らない俺は、誕生日ケーキを買って帰ったが
娘から「おじいちゃんからもっとおいしいケーキ貰ったよ、
みんな祝ってくれたのになぜパパは私より仕事が大事なんだよね
こんなケーキ要らない、こんなパパはいらない」
朝起きたら、包装されたままのケーキとプレゼントがごみ箱に捨てられていた
出勤途中も涙が止まらなかった
義父に何度も夫婦のやり方に干渉してほしくない、それができないなら別居すると話していた
次の日、義父から妻が署名した離婚届を押し付けられて、「やっと娘の目が覚めた、お前は早く出ていけ」
妻に話をすると父は言いだすと言う事を聞かないから無視しとけばいいと
俺の気持ちに無頓着過ぎて醒めて行ったし、娘は俺の事を役に立たない、いなくてもいいと言い出すし
悲しすぎて仕事に自分の存在意義を求めるようになった
新子会社の役員に抜擢する話があって、受けると出世するが転勤が必至で
今のままでは転勤するわけもいかずと悩んでいた
俺の誕生日の朝、妻が料理作って待っているから、
早く帰ってきてと言われて帰ってみると、家は真っ暗で
わざとその日に2ヶ月後の義父の退職祝いを俺抜きでやっていたらしい
妻に文句言うと、父もあと20年くらいしか生きないのだから、それまで我慢しろってさ
娘の成長も祝えない、自分の事も祝ってくれないのに悲しくなった
毎朝、俺の食事だけが俺の書斎に用意されて、晩飯も書斎に置かれていた
